幼児期

祖父母との最初の記憶

母の実家は自営業で商売をしていた。

母方の祖父、祖母はとても厳格な人で特に礼儀作法と言葉遣いには厳しかった。

3歳の私は正しい敬語をきちんと話せるようになるため、母方の祖父母の家では敬語だけで話すことが決められていた。

何か話す際には正しい敬語を使わなければ会話をしてもらえず、もちろん座る際は必ず正座だった。しかし、2歳の頃からすでに土下座をしていた私にとって正座はそれほど苦ではなかった。

しかし当時の私にとって正しい敬語を使うことは容易ではなく、間違った敬語は即座に訂正され、言い直しをさせられた。

「なんも出来ん子やね(何も出来ない子だね)」

祖母の口癖だ。

私の祖父母との最初の記憶は礼儀作法と言葉遣いの練習で、その時の私にとっては決して楽しいものではなかった。

しかし今大人になって改めて思うと、3歳の私に正しい敬語と礼儀作法をしっかりと教えてくれたことに関しては祖父母に感謝している。

これから先、この祖父母との関係が難しくなることを3歳の私はまだ知らなかった…

Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です